共働学舎は、2020年現在、信州や北海道など全国5カ所に拠点を持つコミュナルリビングである。共同生活を営むのは主に自閉症、ひきこもり、障害者などの心や身体に不自由を抱えた人々であるが、同施設は、福祉施設認定はあえて受けず独立した非特定営利活動法人として、各種生産活動を通じて自活の道を探っている。
共働学舎の創立は1974年。創設者は宮嶋眞一郎。彼は、自由学園(東京)で長く教鞭を執っていたが徐々に視力を失う病となり50歳を機に教職員を退職。郷里の長野に戻り共働学舎を創設した。彼が勤めていた自由学園は1921年に設立されたプロテスタント系キリスト教精神に基づいたユニークな教育を行う学校として有名である。机上の学びだけでなく、生活の全てが教育に繋がる”生活即教育”の精神が基本の教育方針であり、授業のひとつとして、学生たちの手で野菜を栽培し、家畜を飼い、得られた作物を調理し、共に食卓を囲み、最後は片付けるといった生産過程まで入り込んだ教育プログラムなどを実践している。宮嶋が共働学舎で採用したのも同様の生活様式であった。
リーフレット『共働学舎の構想』(共働学舎発行)において、眞一郎は学舎を創設した理由について以下のように語っている。[1]
彼が最初に挙げているのが、競争社会への疑念である。競争が進むことで、勝者が弱者を差別し、勝てぬ人に対する不公平感を生み出してしまう。そうした競争的価値観ではなく、本来人間ひとりひとりに与えられている固有の価値を重視し、皆が協力し合うことで個人ではなしえない価値のある社会(協力社会)をつくるべきであると彼は説く。
勤労生活は重視すべきだが、ただやみくもに生産性を重視するのではなく、「自らの力で作り出すことの喜びを味わうことが、生活の大切な要素」であり、「その苦労が人間性を高く深く成長させる」と彼は語る。
そして、福祉という仕事が先を急ぐ物質文明の落ち穂拾いの役割に終わっている限り、科学技術の発達に比例する心身の障害の増加を止めることは出来」ないとし、「障がい者を安全管理することが福祉であるとは思えません」と現行の福祉制度を批判する。
そして、「競争社会よりも愛による協力社会の方が、個人としても社会としても豊かになり得ることを信じます」「共働学舎はこれらの願いと祈りをもって始められた、独立自活を目指す教育社会、福祉集団」と宣言している。
この思想の底流に流れているのは、言うまでもなく自由学園と同様のキリスト教精神である。
共働学舎の名称も、ローマ人への手紙8章28節、すなわち「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事益となるようにして下さることを、私たちは知っている。」から採られている。
キリスト教社会においては、平等と博愛の精神に基づき、障がい者や高齢者などが差別を受けることなく、ともに一般社会の中でそれぞれの出来ることに応じる働き方を選びつつ暮らせる社会を目指すという考え方がある。その代表例がドイツ連邦ノルトライン=ヴェストファー練レン州ビーレフェルト近郊にあるてんかん、障がい者、高齢者、社会活動が困難な若者、ホームレスの人々が生活するベテル財団である。ベテルは1867年にてんかんの子供や青年のための施設として設立され、以来150年余にわたり、多様な人々が共に生活し、学び、働ける環境の形成に努力している。現在では、約2万人の従業員がこうした人々を助け、サポートしている。共働学舎は規模としては圧倒的にベテルが勝るが、理念としては同様の思想を抱きつつ活動していると言ってもいいだろう。
共働学舎は現在、長野県(2カ所)、北海道(2カ所)、東京の計5カ所で実践的活動を行っている。(表5参照)基本的には米、野菜、卵、豚肉、クッキー、菓子などの製造販売を行い、自労自活の道を追求している。北海道では、チーズの製造、販売なども行っている。但し、実際は全面的な自活はなかなか困難であることから、会員制度の導入により組織を精神面、資金面からサポートするという仕組みを導入している。