ヤマギシ会の活動内容を見ていくことにする。[1]
ヤマギシ会の活動には、山岸巳代蔵の思想が色濃く反映されている。実践のベースにあるのは、「無所有、共用、共活」という基本姿勢である。ヤマギシに入村を希望するものは全財産を提出し、無所有の姿となったうえで社会実顕地に入村する。
共同体内での労働活動は、それぞれに役割が与えられ分業化される。例えば豊里実顕地における主な生産活動としては、畜舎(乳牛、肉牛、養豚)及び加工場(ミートセンター、農産加工場、精乳所、冷凍庫)などでの作業がある。これに加え、家事労働についても社会化がなされており、食堂、洗濯、衣類保管業務などが割り当てられる。こうした労働に対する対価である賃金は基本的に支払われない。(1999年からはメンバー一人に対して小遣い月額1万円を給付)
一方、入村者には住居、食事、洗濯、医療、衣服など日常生活に必要と考えられるものについては全て無料で提供される。衣服は共有であり、車も共同所有である。洋服など何かしらの品を自己所有するということは、自己顕示欲にも繋がるものである。そのような物の所有は否定されており、衣類は、共同で所有している衣服類の中から適宜選んで身にまとうのである。
子供たちは、乳幼児期は両親と共に生活するが、5歳になると親元を離れ、合宿生活を送る。
ヤマギスズム学園幼年部から初等部、中等部における共同生活を通じて、『実物』に触れる環境の重要性、農業の重要性、仲間集団の大切さなどを重視した共同生活が営まれる。
一方、高齢者は、老いてますます蘇るの意味を込め「老蘇」と呼ばれる。老蘇にも、それぞれの能力(できること)に応じて、例えば、ロビーの新聞入れ替え、洗濯たたみ、花の水やりなどの役割が提供される。
こうしたヤマギシズム思想に基づいた共同生活のあり方を見ると、かつてロバート・オウエンが実現しようとしていたニュー・ハーモニーの共同生活のあり方が十全に実現されているようにも見える。オウエンは、私有財産を放棄し、居住者の生活が満たされるだけの最適生産を実現し、家屋、食料、衣料、教育、仕事、診療などの平等な利益享受、能力格差の平等化を共同生活の理想として目指したものの、残念ながら実現することなく終わった。しかし、ヤマギシでは、それが実現しているかのようにも思える。実現維持を可能としたのは、初期においては高効率生産を実現した山岸会式養鶏法であり、1980年以降は無農薬、有機栽培などの産直ブームを売りとして、消費者の高い支持を得る供給システムの構築を実現したことにある。
しかし一方で、ヤマギシ会は、過去に何度も活動内容が社会問題化した事実を指摘しておかなくてはならない。繰り返し何度も起きているのは、元会員による財産没収と思想教育を巡る訴えである。社会実顕地に入村する前提条件として、7泊8日にわたる「特講」(ヤマギシズム特別講習研鑽会)への参加、次に2週間の合宿研修「ヤマギシズム研鑽学校」への参加が求められる。加えて入村(参画)するに際しては、全財産をヤマギシ会に委任する「誓約書」への同意署名が求められる。「無所有、共用、共活」を基本思想とする故の対応ではあるが、一旦は了解し入村したものの、やはり活動内容に疑義を生じ、脱会しようとする際に、寄託した財産の返還を求めても応じないことから、元村民による訴訟が90年代以降次々と起こされた。訴えの主訴は、退会に伴う寄託財産の返還請求が多く、近年の多くの判決は訴えを完全支持するものの全額返還ではなく、共同生活期間の一定経費を差し引いた上での返還を命じているケースが多いようである。[2]また、子供たちの教育に関しても、体罰やパワハラ的な言動が一時問題となった。