コミュナル・リビング(Communal Living)を考える

高齢化・人口減少社会における新しい暮らし方、共同体的な暮らし方(コミュナル・リビング)について、さまざまな視点から考察します

2018年10月

子ども食堂ではなく、高齢者食堂

今後、単独高齢者世帯の増加に伴い、地域の中で生活に不便をきたしたり、介護を十分に受けられなかったりする、孤立高齢者を救済する必要性が高まってくるのではないか。本ブログはその必要性を十分に認めた上で記事を書いていたのだが、今日たまたま手にした本で、その必要性を認めないという論文を目にしたので、今回はそれを取り上げてみたい。

その論文は、山下晋司編『公共人類学』(東京大学出版会、2014年)の中の一編「高齢者」(佐野(藤田)眞理子氏による論文である。

ちなみに「公共人類学」とは、アカデミーの中に閉じこもりがちな人類学という学問ジャンルが蓄積してきた様々な知見やメソッドを、より広く公共の場で活用していこうという視点に基づくもので、本著作では、文化領域から、医療とケア、公共政策、人権と安全保障など多面的な領域から人類学との接続が試みられている。

「高齢者」で、佐野氏が指摘するのは、一人暮らし高齢者に対する日本と外国(アメリカ)の認識の違いでである。日本の場合はとかく、一人暮らし高齢者の増加は、社会的孤立や孤独死を招き、引いては「無縁社会」をもたらすといったネガティブ文脈で語られる場合が多い。一方、アメリカでは一人暮らしの高齢者は当たり前であり、むしろ自立・独立の象徴として賞賛されるべき存在として認められているという。

佐野がユニバーサルデザインの思想をベースに語るのは、人の持つ能力は、年齢によって変化するが、いつの時代でも、人には活用できる様々な能力が必ずあるはずである。人が、自立して自由に生活していくためには、それぞれのニーズをデザインによって満たしてくれる道具を要求する権利がある。一方で、デザインする側(これは狭義のデザイナーのみならず、公共政策を考えるものもここに含まれる)も、一人一人の高齢者がベストを尽くせるように、制度・政策をデザインする責務があると言う。

その一例として示されるのが彼女が米国ウィスコンシン州の小都市でのフィールドワークを通じて知ったアメリカのシニア・センターとミール・プログラムの事例である。
アメリカのシニア・センターは、ニューヨーク市に1943年に設立されたウィリアム・ハドソン・コミュニティ・センターであるという。その後、シニア・センターは数を増やし、1980年代には1000カ所を超えたという。これは日本でいうと老人クラブに相当するものだろう。日本で老人クラブは1950年に精力的に設置され拡がっていった。日本の老人クラブ活動の主たる内容は、高齢者のための趣味活動、健康増進活動などが主であるが、米国の場合はこれに加え、経済的に困窮している高齢者救済を目的とする社会福祉活動も行われており、その柱となるのが「ミール・プログラム」である。

各地のシニア・センターでは、高齢者が1日1回、栄養の取れた食事が出来るようにミール・プログラムが提供される。食事代は各自払える任意金額が寄付として払われる。食事の提供に関しては、担当職員に加えて高齢者ボランティアがスタッフとして参画している。この点が先ほど述べた高齢者の能力活用の事例として筆者が評価するポイントである。

ミール・プログラムの提供については、元々米国ではキリスト教精神に基づく奉仕精神が流れており、高齢者のみならず生活困窮者にもミール・プログラムが提供されているので、これは高齢者特有ということではないだろう。高齢者による自主運営的な活動参加も日本の老人クラブでも実施されている。その意味で言うと、ここで筆者はミール・プログラムの提供が、高齢者の自立促進につながるとの意見を持っていいるということになるのだが、これはいささか結論は短絡的であるといわざるを得ない。むしろ、ここで注目すべきは、高齢者の自立支援の手段としてのミール・プログラムの提供ではなく、むしろ生活困窮高齢者に対する生活支援としてのミール・プログラムの提供ではないか。

近年、日本でも高齢者の相対的貧困率の上昇が懸念されているが、孤立高齢者を社会に接続する手段としての「食堂」の考え方は重要である。近年、「子ども食堂」が、コミュニティの中において母子家庭の子どもなどを救う手段として注目され拡がっているが、まさにこれの高齢者版こそが今後の日本の中においては必要とされるのではないだろうか。



イスラエルの「キブツ」とは何か 2

今回は、アミア・リブリッヒ著、樋口範子訳『キブツ その素顔』(ミルトス、1993年)を参考に、キブツの内容をメモする。

キブツとは
・イスラエルに発達した共同体社会(集団農場、共同農村)である。
・所有、生産、消費、生活の各分野が協同化されている独特の形態を持つ村である。
・現在約300のキブツがイスラエル国内に散在している。
・ひとつのキブツの大きさは人口50人から2千人近い規模までさまざまで平均500700人である。
・キブツ総人口は約13万人(1990年現在)イスラエル人口の約3%にあたる。

キブツの歴史
・最初のキブツは1910年ころ建設された。
・はっきりとした要因ではなく、下記のいくつかの要因が重なって生まれた社会である。
・第119世紀後半のロシア、東欧でのユダヤ人迫害
・第2:シオニズムと当時のヨーロッパに台頭したマルクス主義、ナロードニキ(ロシアに生まれた農本主義的な急進思想)、トルストイの描いた理想農村主義の影響
・第3:この時代のパレスチナにおけるユダヤ人のおかれていた困難な状況
上記要因を背景として、
・シオニズム(国家再建)を進める政治運動の中心組織として、1897年にシオニスト機構が発足
・開拓のためにパレスチナ事務局が設置され、1909年、シオニスト機構の下部組織ユダヤ民族基金が購入した土地で、優秀な青年労働者7人を1年契約で自主的に開拓させるという実験が試みられた。
・この成功を機に、新たな労働者を募集し、入植した後の農業管理を彼らに委譲し、定住の権利を与えるという大胆な条件も加えられるようになった。これが最初のキブツの原型となった。

キブツの外観
・どのキブツも果樹園、小麦畑、綿畑などの広大な農場に囲まれており、その中に生活区域が一カ所にまとまった形になっている。
・生活区域の中心には大きな食堂があり、その近くに事務所、診療所、郵便局、売店、図書館、娯楽談話室、洗濯場、衣料庫などの共同施設、さらにメンバーの個人住宅、子供達の家、学校などが散らばっている。
・立派な劇場、美術館、体育館をもったキブツもある。

キブツの原則
集団による所有:土地、生産手段、建物などの基本財産は、すべて集団による共有。メンバーの私有は限定されているが、近年修正される傾向にある。
集団による生産と労働:生産計画は専門の委員会によって立案され、総会の承認で実行に移される。必要な労働力の配分は、労働委員会や労働調整係によって配分・決定される。
集団によるサーヴィスと消費:個人家庭においては普通の主婦の仕事とされる炊事や洗濯などの家事も、すべて集団によってなされる。
共同教育:子供の養育と教育も共同体全体の責任になっている。
直接民主主義:キブツの最高意思決定機関は、メンバー全員の参加による総会で、重要な議案、個人の進路選択も、この場の総意に基づいて決定される。

キブツの評価
貧富の差のない社会:労働、住宅、医療(社会保障)、教育などは平等に保障されており、貧富の差はない。個人的な買い物、旅行などのために一定の金額が個人に割り当てて支給される。
労働価値の平等:頭脳労働と肉体労働の間に地位や対価の差別は無く、すべての労働は等しく評価される。
男女の平等:女性も男性と同じく一日八時間の労働を義務づけられる。女性はキブツのほとんどの職場に進出して責任ある地位に就いているケースも多い。
終身社会保障:メンバーの一生と各メンバーの両親の老後はキブツが保障している。病気や事故により働くことが出来ない身体になったとしても生活と看護はキブツによって保障される。老人の社会参加も保障される。
共同教育の成果:教育の平等が実現され、18歳になるまでは全く平等な保育、教育の場が与えられている。
高い生産性と経済効率:消費・サービス部門の協同化によって経済面の合理化も達成している。例えば家電製品も各住戸に導入する代わりに、全体で大型な設備を備えればいい。食料や日用品の購入も無駄がない。一般家庭では生み出すことの難しい女性の労働力を、保育施設、調理場、洗濯場などによる家事の解放をして、合理的に活用している。
自然と人に恵まれた環境:自然環境に恵まれ、騒音や排気ガスや車の危険に悩まされることのない静かな生活に包まれ、果樹園や野原への散策は人々の日常の中に根付いている。





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