コミュナル・リビング(Communal Living)を考える

高齢化・人口減少社会における新しい暮らし方、共同体的な暮らし方(コミュナル・リビング)について、さまざまな視点から考察します

2018年09月

イスラエルの「キブツ」とは何か

血のつながりのない人々同士が、共同生活を営むには何らかの共通の目標や目的が存在する場合が多いはずだ。例えば、それは信仰上の理由に基づくものであったり、政治的思想信条に基づくものであったりする。「キブツ」もそのひとつである。先日の朝日新聞に近年のキブツの活動を紹介する記事が掲載されていた。(2018919日朝日新聞朝刊)以下、この記事を引用しながらキブツの活動を紹介する。

 

キブツは、イスラエルで生まれた独自の共同生産、集団生活を営む集団のことを指す。キブツはヘブライ語で集団を意味する。キブツがイスラエルに生まれた契機は20世紀初頭にさかのぼる。当時、全世界で吹き荒れていた社会主義活動がその底流にあった。1910年、北部のガリラヤ湖畔に私有財産を否定し、農業や伝統的な工業を共同で営みつつ集団生活を送る共同体「キブツ」が生まれた。

その後、1948年のイスラエル建国にあたり国土の境界付近に多くのキブツが設けられ、ユダヤ人の「民族的郷土」をつくる入植活動を担ったという。そして、これをある種の「理想郷」と捉えた世界各地の若者たちが、この地に集ってきた。

資本主義VS共産主義という世界を分断した思想対立の一極の理想郷の具体化がこの地に於いて実現したわけである。

1990年に冷戦構造は終結を向かえたが、キブツは思想背景から離れたかたちで現在も機能している。当初は、農業を中心とする共同体であったが、その後、工業へのシフトを進めた。また、子供は親元から離し集団で育てる。家や財産も含めた完全な共有制といった厳格なスタイルから、私有化もゆるやかに導入し、私有化された家で親子同居スタイルが現在の主流になりつつあるという。

 

現在、キブツの数は282を数え、人口は近年増加傾向で17万人を越えるという。(全国団体「キブツ運動」などによる)近年のイスラエルは、サイバーセキュリティ技術、軍事技術を中心に世界の最先端技術保有国として知られているが、キブツの中にも、そのような先端中核技術を保有している組織があるという。

少量の水で植物を栽培する「点滴灌漑」技術を保有するネタファム社は、キブツ・ハツェリム発祥。世界180の企業や政府機関のシステム防衛を請け負うササ・ソフトウェア社はキブツ・ササから生まれた。

このような先端技術が生まれる土壌がキブツ由来なのかどうかは不明であるが、共同生活を送る上で生まれる「暮らしやすさ」が、現在でもキブツに入りたいと考える人々を生んでいるようであり、その結果として高い技術を保有する人々をキブツで仲間化できているのかもしれない。

 

 

「家事のソーシャル化」とコミュニティ・リビング

今回は、家事のソーシャル化という視点からコミュニティ・リビングについて考えてみたいと思う。

家事とは、炊事、洗濯、掃除、育児など、家庭生活を営む上において必要と考えられる仕事のことである。かつて妻が専業主婦であった時代には、これらの仕事は妻の仕事として認識されることが多かった。しかし、近年、結婚し出産しても、仕事を離れることなく、働き続ける女性たちが増加してくるなかで、家事の内容が改めて見直されてきている。

例えば、洗濯である。従来、洗濯は自宅の洗濯機で行われ、選択を行い、干したり、たたんだりする作業も妻の役割だった。しかし働き続けるなかで、大量の洗濯物が生じた場合、家庭用の洗濯機を何度も回して洗濯をするのは大変である。そこで最近急成長を遂げているのが、業務用機器を設置したコインランドリーである。一回で10㎏、20㎏のまとめ洗いや乾燥が出来る業務用コインランドリーは、日々忙しい中で洗濯をこなして行かねばならない主婦にとってありがたい存在として映っているはずだ。

これは言ってみれば、家事機能の一部アウトソーシングである。
従来は、家庭の中で完結していた家事業務を効率よく行うために、外部のリソースを上手く活用するという視点である。

そして最近では、こうして外部化された家事業務の場所を、地域のコミュニティにおける交流の場として活用しようとする動きが徐々に生まれ始めている。

ネットやテレビで散見した情報なので、どこまで正確な情報であるかについては、まだ確信が持てないが、このようなソーシャル・ランドリーのはしりは、米国ポートランドにオープンした「スピンランドリーラウンジ(Spin Loundry Lounge)のようだ。

同様の動きは日本でも起こり始めている。東京両国にオープンしている「喫茶ランドリー」も同じような考え方に基づくものだ。同じく東京池袋から一駅の椎名町駅前にある旅館&ミシンコミュニティカフェ「シーナと一平」も似たようなコンセプトに基づいて設けられた施設のように見受けられる。

このように考えていくと、家事の省エネ化ニーズに基づき、アウトソーシングされた家事拠点を元に地域のコミュニティづくりを進めて行くという考え方は、なにかしらの可能性が秘めているようにも感じられる。
今回紹介した「洗濯(ランドリー)」「裁縫(ミシン)」もアウトシーシング可能な機能であるが、それ以外にも「炊事(キッチン)」とか「掃除(クリーニング)」などにも可能性はあるかもしれない。

地域コミュニティが希薄化している中で、無理矢理感や押しつけ感がなく、地元民が交流できるまちづくりが求められているが、「家事のソーシャル化」というキーワードにもしかすると可能性があるかもしれない。





コミュニティ・リビングとしての「避難所」

豪雨や台風、地震などにより、自宅を離れざるを得なくなり、避難所で多数の人々と生活する。これは、ある意味で究極ともいえる「コミュニティ・リビング」の一形態だ。 

本ブログで取り上げようと考える「コミュニティ・リビング」の多くは、そこに集う人々に何らかの自発的な意思が存在し、それに基づいて築かれたものである。 しかし「避難所」に集う人々は、そこに自発的に集まったものではない。災害から避難するために、もしくは被災により、結果としてそこにやって来ざるを得なかった人々が集う共同生活の場となっている。 

「避難所」における生活の困難さは容易に想像できる。食事や睡眠、排泄、衛生問題、プライバシーなど、殆ど自分でコントロール出来ない環境下での生活は、疲労やフラストレーションをもたらすだろう。

「避難所」における生活の問題点は、逆にあり得べき「コミュニティ・リビング」の姿を考えるに当たり、参考になるはずだ。

福島大学理工学群共生システム理工学類、永幡幸司准教授による新潟県中越地震の際の(旧)山古志村の被災者を対象に行った避難所生活における各生活環境要素に対する愁訴の調査によると、上位を占めたのは、「生活空間の広さ」「プライバシーの確保 」「風呂」「避難所の温度」「トイレ 」「音 」などの問題であった。(「避難所における生活環境の問題とストレスとの関係について」永幡幸司 、金子信也、 福島哲仁)

またこの調査結果によると、トイレや風呂といった設備面でのストレスよりも、生活空間の広さから生じる音の問題、プライバシーの確保の方が、大きなストレスを引き起こしているという。そして、避難所の形状に着目すると、セミナーハウスなど小型の施設の方がストレスを引き起こす割合は低くなり、大型の体育館の方が、音の問題、においの問題、トイレの問題、プライバシー確保の問題、いずれにおいても愁訴率が高くなっていたそうだ。 

確かに、大人数で生活する大部屋よりも、ある程度の固まりの人数に分散して生活している方が、ストレスが少なくなりそうというのは理解出来る話だ。しかし、物理的に用意出来るの避難所がが大型の体育館しかない場合、いかにしてこのストレスを削減するかが大きな課題となる。 

この課題に対して、一定の解決策を提示しているのが、建築家坂茂さんによる紙管と布を使った避難用間仕切システムである。 坂茂は、プライバシーの確保は人権問題であると語る。

「だって、プライバシーって、人間にとって必要最低限な人権じゃないですか。プライバシーがない避難所を避けて車中泊して、エコノミークラス症候群になるなど命に関わることもあります。避難所にプライバシーがないと気づいたのは阪神の時でしたが、20年異常経っても避難所の雑魚寝の風景は変わっていません」(朝日新聞2018913日)

共同避難生活を営んで行く上で、ないがしろにされがちなプライバシーの確保に対する大きな問題定義がここでなされている。


はじめに コミュニティ・リビングとは何か?

このブログでは、人口減少社会における新しい暮らし方、Community Living(コミュニティ・リビング)について、さまざまな視点より考察していきたいと考えています。言ってみれば、これは私自身の備忘録のようなものになると思いますが、ご興味ある方はお目通しいただけると幸いです。


まず、ここで最初に説明しなければならないのは、「コミュニティ・リビング」とは一体何の事を指しているのか、ということでしょう。

 

実は、これについては私自身もまだはっきりした概念の定義を持っているわけではありません。しかし、いわゆる血縁家族で構成された家族世帯ではなく、血縁、婚姻関係以外のさまざまな人同士が何らかの理由に基づいて生活を共同する(世帯を同じくする)暮らし方を狭義の意味での「コミュニティ・リビング」として捉えてみたいと思っています。


最近注目されているルームシェアという暮らし方もこの範疇に入るでしょう。

これを狭義の「コミュニティ・リビング」だとすると、一方で、広義の「コミュニティ・リビング」は、世帯構成員にこだわるのでは無く、広く地域社会に住まう人々の間で、相互交流や共助の仕組みを築くことにより、密度の高いコミュニケーションのやりとりを行う行為を指します。これも近年高齢化が進む中で、地域包括ケアの街づくりなどがテーマとなっておりますが、このような動きも「コミュニティ・リビング」として捉えてみたいと考えています。

いってみれば、血縁、婚姻ではなく、極端に言うと縁もゆかりもない人々が、地域や同じ家屋の中で何らかの協力を行いながら住まう住まい方、これを「コミュニティ・リビング」というキーワードでくくってみたいと考えています。

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