共同生活体は、一般の社会における全体システムには属さず、外部もしくは外部の境界領域に位置しする存在と説明できる。共同生活体をゲゼルシャフト、ゲマインシャフトとの関係で考えてみよう。

テンニースは、人間の意志を大きく2つに分類し、ゲマインシャフト(共同体)を「人間の本来備わる本質意志によって結合する有機的な共同社会」、ゲゼルシャフト(利益社会)を「人間が目的達成のため作為的(打算意志)に形成した機械的な結合」として分類した。さらにゲマインシャフトを、血のゲマインシャフト(家族や民族)、場所のゲマインシャフト(村落や共同体)、精神のゲマインシャフト(中世都市や協会)と分けた。

このような整理のなかで共同生活体はどちらに属するだろうか。宗教型共同生活体、共産型共同生活体、共生型共同生活体が形成される理由を、人間の本質的意志に基づくものとして理解すれば、これはゲマインシャフトであり、共同生活の場が前提であれば、場所のゲマインシャフトということになる。

しかし一方、共同生活体の一部は、その存在を怪しげなもの、排除すべきものとして、家族や地域共同体から排除・排斥されることもあった。過去数多くの宗教組織が一般社会から迫害を受けることはしばしば起こり、われわれの日常生活の周辺においても、新たに「刑務所」「老人ホーム」などの計画が持ち上がると、反対運動が起こることもある。

 このように考えると、共同生活体はゲマインシャフトとも異なる、ゲゼルシャフト的存在と捉えることが可能かもしれない。このような境界領域的な曖昧性は共同生活体の特徴のひとつであるだろう。