コミュナル・リビング(Communal Living)を考える

高齢化・人口減少社会における新しい暮らし方、共同体的な暮らし方(コミュナル・リビング)について、さまざまな視点から考察します

ゲゼルシャフトとゲマインシャフト


共同生活体は、一般の社会における全体システムには属さず、外部もしくは外部の境界領域に位置しする存在と説明できる。共同生活体をゲゼルシャフト、ゲマインシャフトとの関係で考えてみよう。

テンニースは、人間の意志を大きく2つに分類し、ゲマインシャフト(共同体)を「人間の本来備わる本質意志によって結合する有機的な共同社会」、ゲゼルシャフト(利益社会)を「人間が目的達成のため作為的(打算意志)に形成した機械的な結合」として分類した。さらにゲマインシャフトを、血のゲマインシャフト(家族や民族)、場所のゲマインシャフト(村落や共同体)、精神のゲマインシャフト(中世都市や協会)と分けた。

このような整理のなかで共同生活体はどちらに属するだろうか。宗教型共同生活体、共産型共同生活体、共生型共同生活体が形成される理由を、人間の本質的意志に基づくものとして理解すれば、これはゲマインシャフトであり、共同生活の場が前提であれば、場所のゲマインシャフトということになる。

しかし一方、共同生活体の一部は、その存在を怪しげなもの、排除すべきものとして、家族や地域共同体から排除・排斥されることもあった。過去数多くの宗教組織が一般社会から迫害を受けることはしばしば起こり、われわれの日常生活の周辺においても、新たに「刑務所」「老人ホーム」などの計画が持ち上がると、反対運動が起こることもある。

 このように考えると、共同生活体はゲマインシャフトとも異なる、ゲゼルシャフト的存在と捉えることが可能かもしれない。このような境界領域的な曖昧性は共同生活体の特徴のひとつであるだろう。

 

逃走/逸脱-教育モデルとしての共同生活体

一般に個人は共同生活体ではなく、家族の一員として日常生活を営む。生活の基盤を家族ではなく、共同生活体に移行させるためには、さまざまな理由が必要とされるが、これは、既存の社会システムからの”逃走”もしくは”逸脱”として説明することができる。

わたしたちの社会は、さまざまに分節されながら、階層を形成したり、交流し、全体として最適システムとして再構成される。

 

社会において、個人が属する基本単位は家族である。家族は血縁や婚姻を基礎として、居住や生計、ケア(養育・病気・介護)を共同化する組織である。そして、多くの家族は地域共同体に所属する。地域共同体において、家族は自治・防犯・防災・福祉・教育などの諸活動を通じ、共同体の他メンバーと交流し、地域共同体の持続・維持に貢献する。さらに地域共同体は、国家に所属する。国家は、法や制度・政策を通じて、地域共同体や家族、個人に一定の秩序と安定を与える。

このように、わたしたちの社会は、<個人・家族・地域共同体・国家>などの諸要素から構成される全体システムを安定的な状態に保つべく機能する。

われわれの属する社会モデルをこのように捉えると、共同生活体は、この全体システムには属さず、外部もしくは外部の境界領域に位置する存在であると説明できる。

例えば、宗教型共同生活体、共産型共同生活体、共生型共同生活体は<個人・家族・地域共同体・国家>からなる全体もしくは一部から逃走し、新たな別社会システムの所属を志向する<逃走モデル>として説明できる。もうひとつの矯正型共同生活体は、対象となる個人が、全体システムの安定を揺るがす存在、もしくはこぼれ落ちた存在として認識されたゆえに、矯正型生活共同体に収容され、全体システムに再び回帰させるためのなまざまな矯正・教育が施される<逸脱/教育モデル>として説明できる。



図表





共同生活体とは

「共同生活体」とは、いわゆる血縁・婚姻を基礎とする「家族」ではなく、それぞれ所属、来歴の異なる人々が、物理的な特定の場所や地区に集合し、日常生活の全てもしくは一部を共同化するものである。集まる単位は、個人ではなく「家族」や「知人同士」の場合もある。

「共同生活体」が営まれるには、いくつかの理由がある。

ひとつは宗教上の理由である。「修道院」「僧院」などでは、宗教上の戒律に基づく生活の規律を遵守するために俗世から分離され、共同生活が営まれる。

もうひとつの動きは、「いま、ここではなく、別の社会を夢想する」理想社会の実現結果としての「共同生活体」である。これは、ユートピア思想とも通底する。協同組合運動・社会主義運動の父と呼ばれたロバート・オーウェンによる「ニュー・ハーモニー・コミュニティ(New Harmony Community)」を起源とし、1930年代頃、起こったイスラエルのキブツ運動、1970年代の米国「コミューン」運動などに繋がる動きである。これは、日本でも武者小路実篤の「新しき村」、山岸巳代蔵の「幸福会ヤマギシ会」などの動きに繋がっている。

上記「共同生活体」は、それぞれの生活体に属する個人の自発的意思に基づき組織化された場合が中心である。

一方、個人の意思ではなく「生活共同体」に強制的に収容されるケースもある。

「監獄・刑務所」はその代表的な例であろう。加えて「社会的矯正」や「救貧」「孤児」の救済を目的として組織化される「感化院・刑務所」「救貧院」「孤児院」なども逸脱/収容の事例であろう。震災や津波などの災害からの避難、家屋の被災に伴い余儀なくされる「避難場所」「仮設住宅」での生活も、広義の逸脱/収容モデルとしての「共同生活体」と見なすことができよう。

高齢期の入居施設、「特別養護老人ホーム」「グループリビング」などは、介護ケアや認知症ケアケアを目的に営まれる「共同生活体」である。健常状態ながら、高齢期の生活を同世代同士で過ごそうとする「リタイアメント・コミュニティ」(Retaiment Community)」や、多世代での共生生活を目指す「コ・ハウジング」(Co Housing)、「シェアハウス」(Share house)なども「共同生活体」の一類型である。それ以外にも、「学生寮」「社員寮」など、規律や秩序の教育、生活面での援助を目的として設けられるケースもある。

このように「共同生活体」という視点から存在するケースを包括的に眺めると、もさまざまなタイプの「共同生活体」が存在することに気づく。


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