コミュナル・リビング(Communal Living)を考える

高齢化・人口減少社会における新しい暮らし方、共同体的な暮らし方(コミュナル・リビング)について、さまざまな視点から考察します

1-6-3.現在のキブツ

1990年に冷戦構造は終結を向かえたが、キブツは思想背景から離れたかたちで現在も機能している。当初は、農業を中心とする共同体であったが、その後、工業へのシフトが進められた。また、子供は親元から離し、集団で育てる家や財産も含めた完全な共有制といった厳格なスタイルから、私有化もゆるやかに導入し、私有化された家で親子同居スタイルが現在の主流になりつつあるという。

現在、キブツの数は282を数え、人口は近年増加傾向で17万人を越えるという。(全国団体「キブツ運動」などによる)近年のイスラエルは、サイバーセキュリティ技術、軍事技術を中心に世界の最先端技術保有国として知られているが、キブツの中にも、そのような先端中核技術を保有している組織があるという。

少量の水で植物を栽培する「点滴灌漑」技術を保有するネタファム社は、キブツ・ハツェリム発祥。世界180の企業や政府機関のシステム防衛を請け負うササ・ソフトウェア社はキブツ・ササから生まれた。

このような先端技術が生まれる土壌がキブツ由来なのかどうかは不明であるが、共同生活を送る上で生まれる「暮らしやすさ」が、現在でもキブツに入りたいと考える人々を生んでいるようであり、その結果として高い技術を保有する人々をキブツで仲間化できているのかもしれない。オウエン、フーリエを起点として指向された万人が平等に暮らすことの出来る共同生活体は、共産主義が崩壊した今、実質的にキブツとしてのみ生き残っているのだと言えよう。

1-6-2.キブツの運営原則

キブツの運営原則としては、以下の点が挙げられている。集団による所有:土地、生産手段、建物などの基本財産は、すべて集団による共有。メンバーの私有は限定されているが、近年は徐々に一部の私有制が認められるように修正される傾向にある。集団による生産と労働:生産計画は専門の委員会によって立案され、総会の承認で実行に移される。必要な労働力の配分は、労働委員会や労働調整係によって配分、決定される。集団によるサーヴィスと消費:個人家庭においては普通の主婦の仕事とされる炊事や洗濯などの家事も、すべて集団によってなされる。共同教育:子供の養育と教育も共同体全体の責任になっている。直接民主主義:キブツの最高意思決定機関は、メンバー全員の参加による総会で、重要な議案、個人の進路選択もこの場の総意に基づいて決定される。

キブツの評価として、以下の点が挙げられている。

貧富の差のない社会:労働、住宅、医療(社会保障)、教育などは平等に保障されており、貧富の差はない。個人的な買い物、旅行などのために一定の金額が個人に割り当てて支給される。労働価値の平等:頭脳労働と肉体労働の間に地位や対価の差別は無く、すべての労働は等しく評価される。男女の平等:女性も男性と同じく一日八時間の労働を義務づけられる。女性はキブツのほとんどの職場に進出して責任ある地位に就いているケースも多い。終身社会保障:メンバーの一生と各メンバーの両親の老後はキブツが保障している。病気や事故により働くことが出来ない身体になったとしても生活と看護はキブツによって保障される。老人の社会参加も保障される。共同教育の成果:教育の平等が実現され、18歳になるまでは全く平等な保育、教育の場が与えられている。高い生産性と経済効率:消費・サービス部門の協同化によって経済面の合理化も達成している。例えば家電製品も各住戸に導入する代わりに、全体で大型な設備を備えればいい。食料や日用品の購入も無駄がない。一般家庭では生み出すことの難しい女性の労働力を、保育施設、調理場、洗濯場などによる家事の解放をして、合理的に活用している。自然と人に恵まれた環境:自然環境に恵まれ、騒音や排気ガスや車の危険に悩まされることのない静かな生活に包まれ、果樹園や野原への散策は人々の日常の中に根付いている。

1-6-1.キブツ型コミュナルリビング

 社会改良主義型コミュナルリビングの別タイプツとして、米国ではなく、イスラエルで独自に発達したコミュナルリビングがキブツである。キブツは、ヘブライ語で「集団」を意味する。

イスラエルでキブツが誕生したのは20世紀初頭のことである。キブツが生まれた理由については、アミア・リブリッヒ(1993)『キブツ その素顔』[1]によると、①19世紀後半のロシア、東欧におけるユダヤ人迫害の動き、シオニズムと当時のヨーロッパに台頭したマルクス主義、ナロードニキ(ロシアに生まれた農本主義的な急進思想)、トルストイの描いた理想農村主義の影響、当時のパレスチナにおけるユダヤ人のおかれていた困難な状況を背景として、シオニズム(国家再建)を進める政治運動の中心組織として、1897年にシオニスト機構が発足。開拓のためにパレスチナ事務局が設置され、1909年、シオニスト機構の下部組織ユダヤ民族基金が購入した土地で、優秀な青年労働者7人を1年契約で自主的に開拓させるという実験が試みられたという。

この成功を機に、新たな労働者を募集し、入植した後の農業管理を彼らに委譲し、定住の権利を与えるという大胆な条件も加えられるようになった。これが最初のキブツの原型となった。

どのキブツも果樹園、小麦畑、綿畑などの広大な農場に囲まれており、その中に生活区域が一カ所にまとまった形になっている。生活区域の中心には大きな食堂があり、その近くに事務所、診療所、郵便局、売店、図書館、娯楽談話室、洗濯場、衣料庫などの共同施設、さらにメンバーの個人住宅、子供達の家、学校などが散らばっている。また、立派な劇場、美術館、体育館をもったキブツもある。

現在、約300弱のキブツがイスラエル国内に散在しており、ひとつのキブツの大きさは人口50人から2千人近い規模までさまざまで平均500700人である。キブツ総人口は約13万人(1990年現在)であり、イスラエル人口の約3%にあたる。



[1] Amia Leiblich( 1981) Kibbutz makom Pantheon Books (アミア・リブリッヒ キブツ その素顔 ミルトス)

ギャラリー
  • 1-3.実践型コミュナルリビングの歴史的経緯とその概要
  • 1-2.ユートピア(空想)型コミュナルリビング